日々是好日

目に見えないものは、たくさんある。政治、経済の闇。ライブドアショックは目に見えないお金の操作からのできごと。悪いことかもしれないだけど、いつの時代もそんな人はいたよね、と思ってしまう。世間の日常に関して、テレビとか新聞など視覚から事の是非を判断することが普通になっている。
闇の中まで知りたいとは思わないけど、何か違うんじゃない、という人間的に本質的なことは見えるようになっていたい。闇の中の事実は見えそうで、最終的には見れないもののようだし。


瀬戸内海が一望に見える小高い丘に住んでいる友達Aと話をした。彼女の夫は陶芸家でAも織をしたり、ゆったりとした毎日の生活のようだ。と言っても生活するためには普通にいろいろあるらしいけど。その人が「朝、大学生の娘を駅まで車で送って、帰り道に見る海と太陽。それが至福のときと言うのか、その景色を見れる1日がとても大切なのだと感じる。
日々是好日の言葉が何となくわかってきた」と話す。
私は身体的なことから(崖っぷち)1日の大切さを感じるようになったが、自然が身近な生活にはそのことが日常的に見えるのだ。


「闇の中で見えないもの」と「1日が大切」「日々是好日」、あまり関係ないだろうか。